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彫刻前の確認作業
ご注文をいただいている五輪塔の彫刻文字の大きさや配置の確認作業を行いました。

組み上げたお石塔に原稿を貼り付けてみると、原稿の大きさに微調整が必要となります。
文字の大きさやバランスの確認を何度も行い、文字サイズを調整し、いよいよ彫刻作業へと進んでいきます。

艶やかで深みのある光沢が美しい世界最高級の黒御影石と言われるスウェーデン産ファイングレインの五輪塔の完成が楽しみです。
白兎神社
白兎神社は、鳥取県にある日本最古の書物「古事記」に記される日本神話「因幡の白うさぎ」の白兎神を主神とする神社です。この神話から白兎神社は、皮膚病や火傷などに効くと信仰され、白うさぎは大国主命と八上姫の縁を取りもった、縁結びの神様としても人気があるようです。私は卯年生まれということもあり、いつか訪れてみたいと思っておりました。

日本神話「因幡の白うさぎ」とは・・・
大国主命は、因幡の八上姫に求婚しようとする八十神たちのお供をして因幡に赴き、その途中、裸のうさぎがいました。大国主命が理由を尋ねると、淤岐ノ島から本土に渡ろうと思い、海の鰐を欺いて、その背を踏んでここまで来た。まさに地上に降りようとする時、鰐を騙したことを告げると、鰐が兎を捕まえて毛を剥ぎ取ってしまった。そこに通りかかった八十神に「海水で体を洗って山の頂上で乾かすとすぐ治る」と嘘をつかれ、傷だらけになってしまい、苦痛のあまり泣いていたのだという。哀れに思った大国主命は、うさぎに水門へ行って真水で体を洗い、蒲の穂を敷いて転がるようにと教えた。教えの通りにすると、うさぎの体はフワフワと白い毛が生え元通りになった。
白うさぎは、大国主命が因幡の絶世の美女「八上姫」と結ばれると予言し、その通りになったというのが物語の全容です。
白うさぎが大国主命と八上姫をとりもった場面を再現した砂像です。

境内へ続く道沿いには、白うさぎが傷口を洗い、治療したといわれる「御身洗池」があり、旱天・豪雨の時でも水位の増減がないとされており、別名「不増不減の池」 とも呼ばれています。

ご本殿でお参りして参りました。

参道には色々なポーズをした愛らしいうさぎが並んでいました。




庵治石の山へ
庵治石の山へ行ってまいりました。
今回の目的は、部品の検品と大型原石ブロックの確認です。

同じ山から採れる石も、その場所により色の差などが大きく出るようで、今回はどのあたりから採掘するのか、どのような石目になるのかを山屋さんに教えていただきました。

まずは部品の検品です。
石碑は庵治石の最上級品、細目極上を使用します。実はすでに4組ほど組み上げてみたそうですが、納得できる仕上がりではなかったそうで、今回は検品には至りませんでした。お天気の良い日に改めて発破をして新たな原石を採掘するそうです。
外柵は同じく庵治石の中目を使用します。


こちらの中目は綺麗な石目の原石が採掘されており、このまま加工作業に進みます。
続いて大型原石ブロックの確認です。


山屋さん曰く「ここ5年間で採掘された最大級の原石ブロック」とのことで「この先5年採掘してたとしても同じような巨大な原石が確保できるかは約束できない」と言われており、このブロックを加工し傷などが出なければ使用することができますが、このブロックでも足りるかどうかという非常に大きい部品の注文をいただいており、今後もさらなる確認作業が必要と思われます。
こちらは庵治石中目の山です。

採掘作業は、ただ掘って原石を取り出せばいいわけではなく、掘り出す場所の順番が決まっています。少しでも間違えば崩落の危険が常に伴う命がけの仕事です。いつも思うことではありますが、早く良い石が見つかればいいと思う反面、山で仕事をする方が怪我をしたり無理をしたりしないよう、作業の安全を祈っております。
日本三名塔~瑠璃光寺の五重塔~
日本三名塔のひとつである山口県にある「瑠璃光寺五重塔」に行って参りました。全国の五重塔の中で国宝に指定される塔は9塔、国の重要文化財指定は13塔、更に国宝・国の重要文化財指定の三重塔と多宝塔は97塔を数えます。
諸説ありますが・・・その中で選ばれる「日本三名塔」は、法隆寺(奈良県)、醍醐寺(京都府)、そして瑠璃光寺(山口県)の五重塔です。中でも美しさは瑠璃光寺の五重塔がトップと言われています。

「美しい!」周囲の緑あふれる景色に溶け込んで見とれるほどの美しさです。特に池越しの姿はとても美しかった。
長い間憧れであった「瑠璃光寺五重塔」を間近でみることができ、とても感動しました。



ご本堂でお参りをし、御朱印をいただいて参りました。

大内弘世公之像

南北朝時代から室町時代にかけて隆盛した大内氏。南北朝時代に山口へ拠点を移し、京都を模した町作りを行いました。山口には京都と大陸の文化を融合させた、独自の大内文化が花開き、当時の山口は「西の京」と称される文化圏であったと言います。大内氏は戦国時代に滅びましたが、華麗な五重塔が大内文化を後世に伝え続けています。
竹久夢二先生のお墓
デザインの勉強の為、時々都内の霊園を見学させていただいております。
今回は雑司ヶ谷霊園へ行ってまいりました。
豊島区南池袋にある雑司ヶ谷霊園は1874年に明治政府の命を受け前身である「雑司ヶ谷旭出町墓地」として開設され、多くの著名人が眠る霊園としても有名です。
ジョン万次郎、小泉八雲、夏目漱石、島村抱月、泉鏡花、東條英機、永井荷風、サトウハチロー、東郷青児、大川橋蔵など著名人のお墓が多くあり、夏目漱石の小説『こゝろ』の舞台にもなっています。
竹久夢二先生のお墓です。竹久夢二先生は明治から昭和にかけて活躍した美人画の名手。大正ロマンを代表する画家です。
自然石のお石塔で、案内板が無ければ気づかないくらいひっそりとした佇まいです。
正面に彫られた「竹久夢二を埋む」は、同じく画家として活躍した有島生馬先生の揮毫です。


歴史上の偉人や、誰もが知っている著名な方のお墓を時々お参りさせていただきますが、そのたびにとても感慨深く静かな感動があります。
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